skip to Main Content

私どもの工務店は、父 指田庫二が昭和21年(1946年)に満州より帰国後、地元の大工棟梁 田口徳次郎氏に弟子入りし、その後、数年の下積みの後・・・独立。大工として仕事を始め3人の弟子と共に大工棟梁として住宅建築一筋に仕事を進めて参りました。そして、一貫して仕事の大小に係らずコツコツした仕事が皆様に認められ、地域の方々に「庫ちゃん大工」と親しまれ、地域の工務店として事業しております。現在でも地域に密着した住宅工務店として、そして……「家づくり」は「家族づくり」 and 「地域づくり」をモットーに事業展開しております。

前列右側が父です。(昭和31年撮影)

私、指田がこの業界に入ったのは半世紀前。職業人の価値観や物の見方は、始めて入った業界に影響を受けるものです。
この頃はまだ兎にも角にも「物」を造る時代です。仕事を「体」で覚える時代と言っても良いでしょう。または「汗をかいて」覚える時代でした。

会社員生活も終え子供も誕生し、本業を営む中、まわりの先輩方とお付き合いさせて頂き「今自分に必要な課題は何か?」「盗むもの(技術)は無いか?」と勉強させてもらったり、良い意味で叱られたりしたものです(その頃は若さ任せに生意気だったと思います)。

ある時期、作家さんが「社縁社会」and「地縁社会」という言葉を発信された事がありました。この言葉がこれからの社会を映し出すそれに思えました。業務だけでの価値観だけで無く地域社会の価値観も組み入れないといけない様に感じた次第です。

現代の状況はどうでしょう。皆が努力を惜しんでいないとは言いませんが、PCがヒントをくれたり、ボタンひとつの操作が主流になったり、AIが答えを用意していたりと、誰が主役でいるのかが分からなくなりつつある様な気がします。

私たちの「今」は「過去からの継続・継承の上」に成り立っていると思います。
過去の良かった所、「繁栄」の名の下に失ってしまった所など、生活や人間関係の中に必要な部分を再考する時を迎えている様に感じます。

当社は店構え無く、お客様の唯一無二のお住まいを年間1~2棟を建てる小さな工務店です。 当然のことながら、大きな会社には太刀打ちできません。 もっとも力を超えたことをしたいとも思いません。

大手ハウスメーカー・ビルダーさんが台頭する中で、街の工務店のシステムが「古い」とも「時代遅れ」とも考えていません。むしろ小回りが効いてお客様第一で動くための最良の仕組みであるとも自負しております(きっと、共感を覚えてくれる方もいらっしゃる事と思います)。

私たちのすべきことは、立派な事務所や展示場を維持することではなく、お客様の暮らしに役立つことです。地域のお客様の生活をより良くすることが目的であるため、一般的な会社の判断基準とは違う基準で動いています。

大手ハウスメーカーと街の工務店 価格の違い

私どもの考えの中心にあるのは、いつも『顔の見える人のつながり』『人の気持ち・思い』を大切にすること。

  • どんな仕事をしていているのか?
  • どんな休日(趣味)を過していているのか?
  • どんな家族と暮らしていているのか?
  • これからどんな将来を望んでいるのか?

お客様の中で、何かプヨプヨしているイメージを形にしていくのが私どもの仕事です。

お客様ひとりひとりの暮らし方・想いを理解したうえで『家づくり』をする。簡単そうで奥が深い仕事をさせていただいております。

人は、人・社会との関わり合いの中で生活しています。その最小単位が家族です。

『家づくり』は、それが建て替えでも、リフォームでも、ちょっとした修繕でも、 人と人との共同作業であることに変わりはありません。 家づくりは家族だけでは成り立ちません。

家づくりは家族だけでも成り立ちません。
地域には、様々な経験を持つ資源(人材)が存在します。
『顔の見えるつながり』の中でともに知恵を出し合える『家づくり』に向けてつねに研鑚を重ね、進化していきたいと考えています。

指田建設代表・指田一利

sashida-photo400300

Ps. 住まい造りの現状

関東圏でも北部方面に行くと大手企業が「研究所」等を構え、社員の方々がそこへ転居する場面があります。そこでは「底地(土地)」に掛かる金額が押えられご予算の中から住まい部分に掛けられる割合が増えてきます。

しかし当地周辺(埼玉県狭山市入曽エリア)はどうでしょう?
(実際、跡目を継ぐ方が居ないお宅では不動産を手放す事例も増えつつありますが)底地に予算を取られてしまい、住まいの方はどこまで希望が叶うか、造り手としても苦しい所です。